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東京と青森を鉄路が結んだのは明治半ば、一昼夜の道程だった。昭和の初め、東京帝大に入る太宰治は「文士になって女を描きたい」と残し、津軽を後にした。幾多の青い志が同じ路(みち)をたどる▼

東京和青森的鐵路連結始於明治中葉。這是約一日夜的路程。於昭和進入東京帝大的太宰治曾留下「我想成為文士,好好地描繪女性」,於此告別故鄉。而後許多的青年才子也走上同樣的路。

 〈東京へ行きたい/と思いながら/自分の心臓の部分にそっと手をあててみるとその最初の動悸(どうき)なのか/青森駅構内の機関車が一斉に汽笛をならす音なのか/ひどくけたたましい音がする〉。寺山修司の詩「李庚順」の一節だ▼

在寺山修司的詩「李庚順」也曾留下如是一節「正當思量著前往東京時,我的心臟發出陣陣悸動,用手壓著試著平伏,是否這就是最初的悸動?或著是青森站內和火車一起出發的是汔笛聲。非常大聲。

 

ボクサーに憧(あこが)れた寺山だが、パンチではなく俳句の腕を携えて上京、早大に入った。昭和末には、級友の紙吹雪が舞う青森駅を、日大に入る舞の海秀平さんが発(た)つ。父に「ひと花咲かせてくる」。夜行列車に揺られつつ、土俵への決意を新たにしたはずだ▼

寺山雖然喜歡拳擊,但卻不是因為拳擊而是寫俳句的才到東京,進入了早稻田。到了昭和末年,曾將描寫同學的紙飛散在青森站的景像,送稿給日大的海秀平。寫給父親的則是「我要去讓我的心靈花盛開」,隨著夜間列車的搖搖晃晃,似乎連前往新領域的決心也煥然一新。

 

東北新幹線が12月に青森市まで延びる。来春から東京―新青森を走る新車両の名が「はやぶさ」と決まった。2年後には国内最速の時速320キロで運転する。上京する若者が闘志を燃やし、覚悟を決める旅も、とうとう3時間5分にまで縮まる▼

東北新幹線決定12月延伸到青森市,同時決定將明年春天始航從東京到新青森的列車命名為「隼(hayabusa)」,2年後將達到國內最快速,320km/hr.而以往能夠燃燒上京年青人們的鬥志和覺悟的旅程,也縮短至3小時5分。

 

愛称の公募には、約15万件が寄せられた。首位は、廃止された東北初の特急「はつかり」の襲名。東京―熊本間を昨春まで走った寝台特急と同じ「はやぶさ」は7位だったが、速さを売るなら初雁(はつかり)より隼(はやぶさ)だろうと、JR他社の快諾を得て命名された▼

列車名的公開徵稿,獲得了約15萬次的提案。最多的是沿用之前所廢止的東北第一輛特急「初雁」(Hatsukari). 而「隼(hayabusa)」則是和運轉至去年春天的臥舖特急同名,列為第7名。不過若要比速度的話,的確定初雁比隼快。得到了JR分公司的同意後,才得以命名。

 

新幹線は青函トンネルを抜け、2015年度には新函館(仮称)に至るという。〈上野発の夜行列車おりた時から/青森駅は雪の中〉。北国が近づくほどに、昭和の名曲「津軽海峡・冬景色」の寂寞(せきばく)がまた遠くなる

穿過青函隧道,新幹線將於2015年沿伸到新函館。昭和的名曲「津輕海峽冬景」中所描述的從搭上上野發的夜行列車開始,持續到青森站的雪中的寂寞,就又更遠了。

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