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 戦場のカメラマンは、命を危険にさらすのと引き換えに、起きたことを世界に伝える。だから撮影する「位置」はプロ魂の発露でもあるそうだ。経験豊かな石川文洋さんから、カンボジアで落命した一ノ瀬泰造について聞いたことがある▼

   戰場前線攝影師總是把自己的生命暴露在危險之下以換取把最新的報導傳達至世界各地。因此從所拍攝的「位置」就可以看到攝影師如何發揮他的「攝影魂」。這是具有豊富前線攝影經驗的石川文洋先生轉述在柬埔寨殞命的已故一之瀨泰造先生的話語。

そのころ小社にいた石川さんに、一ノ瀬は現地からフィルムを送ってきた。コマを見ると、たとえば兵士が伏せている銃撃戦を自分は立って撮っている。カメラマン魂を買いつつ、若さゆえの気負いを心配したそうだ。1970年代のことである▼

   1970年代時,一之瀨先生曾經從當地寄送底片給敝社之石川先生,細看試片,其中有不少是站在士兵互伏擊戰中的位置所攝影的。如是貫徹「攝影魂」的之氣魄正如初生之犢。

先日、タイで取材中に亡くなった村本博之さん(43)はベテランだった。優しい人柄をきのうの紙面が伝えていた。流血の最前線で撮影を続けたのは、やはり「魂」ゆえだったに違いない。レンズを通して最後に見たものが所属通信社から公表された▼

前幾天,死於泰國紅衫軍事件取材中的村本博之先生(43)亦是位經驗豊富的攝影師。他的善良人格也借於昨天的報紙表露得一覽無遺。會站在流血最前線持續的撮影也正是因為「攝影魂」的關係。村本先生所看到的最後映象,由所屬的通信社發布。

激しい騒乱が冷静に撮影されている印象だ。前方で爆発が起きる。兵士らは逃げるが、それを追う映像はぶれない。負傷して引きずられる兵士が生しく映る。プロの仕事だろう。命と引き換えの遺作と思えば胸が痛む▼

將在前方爆發的激烈騷動轉而成冷靜的影象作品。並不是從後方拍攝逃亡的士兵,而是栩栩如生地拍攝因負傷而落單的兵士。專業的工作,同時也是用命換來的遺作,每想到就令人心痛。

タイは今、一番華やぐはずの旧正月を迎えた。誰彼かまわず水をかけ合う「水かけ祭り」が全土である。「こんなにやさしい祭はない」と故・立松和平さんが惚(ほ)れ込んでいのを思い出す。だが銃声のとどろく緊迫は、いつもの優しさから遠い▼

原本現今正應該是泰國最熱鬧的舊曆年時節,舉國上下,看到誰就要潑他水的潑水節。然而,隨著槍聲的此起彼落,原本應有的寧靜已不復見。已故立松和平先生曾專心的回憶著「從沒有如此寧靜的祭典啦」

 

背後には貧富の格差があるという。治安部隊とぶつかったのは、水かけ祭りの盛んな、貧しい東北地方の人たちだった。「ほほえみの国」で、これ以上に憎しみ合いを深めてはならない。

一如背後原因:貧富差距大,擊敗治安部隊的正是這些舉行潑水節的東北貧窮人民。衷心希望,微笑之國-泰國,能消弭彼此間的憎恨。

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